2021年12月31日

逃病日記311(21.12.31.金)

(21.12.30.木)晴れ
 今日、昼過ぎに、息子一家3人+ワンコが東京から帰省した。
 ヨメさんは、早速、孫を連れて近くのカナート洛北のEDIONへオモチャを買いに出かけていった。実は孫の誕生日が12月22日だったので、Amazonで何かプレゼントを送ろうかと思ってメールをしたら、年末に帰省したときに孫の好きな物を買ってもらったほうがイイみたいとのことだった。
 孫と息子達も一緒にカナート洛北に行ったので、私はワンちゃんとお留守番、プードルはコミュニケーション能力が優れているとのことだが、すぐになついてきてくれる。本当に可愛いもんだ。
 以前、飼っていたのはチワワで、15年ほど生きていた。10歳を過ぎた頃に難病にかかり、  去勢手術をしたときに獣医院の清潔環境が劣悪だったため、脳幹が菌に侵されてバランス機能に障害が生じ  身体のバランスが取れなくなって、ずっと首を傾け、体が傾いたままだった。発病したときは、大阪方面の動物病院までMRIを撮りに行き、なんとか病因が分かってからは免疫抑制剤(ステロイド)などを処方してもらい、死ぬまでの5年間、まさに人間なみの「逃病生活」だった。
 孫はヨメさんにラジコンのジープを買ってもらって、満面の笑顔で帰ってきた。早速、室内で走らせて壁や家具などにぶつけて、ヨメさんもハラハラという感じ。昨年はコロナ禍で帰省できなかったので、今年は2年ぶりに賑やかな正月になりそうだ。

(21.12.31.金)曇り時々雪
 今日は大晦日。まあ、特にどうということはないんだが、今年は息子一家+ワンコが来ているので、いつもの老夫婦ふたりだけのときとは様子が少し違う感じの年末年始。
 実は、息子の嫁は、地元の小学校の同級生で、実家も同じ団地で  第一から第三まで竣工順に三つのエリアに分かれている  エリアが異なっているだけなので、帰省しても、今回は息子とワンコがわが家に、嫁と孫(男子)が嫁の実家に泊まるこというような感じで、両方の家を行ったり来たりすることになる。今日の晩食は、息子たちは嫁の実家で採るとのことで、ワンコはわが家でお留守番、息子は夜の9時半頃に帰ってきた。明日の晩食はわが家で採るので、嫁と孫が当方で食事をするとのこと。

【今日の読書201※書名頭の数字は当方のブログ『読書リスト』の数字
@-19『老の流儀』
B-38『種の起原 上』
B-36『宇宙を織りなすもの 下』
E-19『成城だよりV』
F-65『ティファニーで朝食を』
F-66『スプートニクの恋人』
G-10『失われた時を求めて10』
H-3『パンセT』
I-29『映画術ヒッチコック/トリュフォー』
I-30『ヒッチコックに進路を取れ』
K-13『パムクの文学講義』
コメント:K-13『パムクの文学講義』には、印象的な文章が目白押し。私たちが小説に対して抱いていた漠然としたイメージをこれほど的確に文章化してくれる書はめずらしい。それらの文章を抜粋して掲げておく。
p.2「私たちは小説が現実であるという前提で小説を読みます  しかし頭のどこかではその前提が間違っていることもよくわかっています。このパラドックスは小説の性質に起因しています。小説という芸術が、私たちの、相反する状態を同時に信じることができる能力のうえに成り立ってることを強調することから始めましょう。」
p.5「入ろうとする世界に波長を合わせようと、手にした小説の細部に全神経を集中させながら、私は想像の中で言葉を視覚化し、本の中で描写されているすべてをイメージしようと必死でした。少しすると、集中して懸命に努力した成果が実り、私が見たかった広々とした景色が、霧が晴れて巨大な大陸が鮮やかに姿を現すように目の前にひらけます。そうすると、小説の中で物語られているものが、窓から外を見るように快適にやすやすと見えるようになるのです。」
p.8「小説を読む真の楽しみは、その世界を外からではなく、そこに住む主人公たちの目を通して見る能力から始まります。小説を読むとき、長い期間と一瞬のあいだ、一般的な考えと個々のできごとのあいだを私たちは揺れ動き、そのスピードはほかの文学ジャンルにはありえないものです。」
p.9「小説のなかの風景が、主要人物たちの精神状態の延長であり一部であると感じとるにつれて、自分たちが知らず知らずのうちにこれらの人物に同化していることに気づきます。小説を読むということは、全体の文脈を記憶にとどめつつ、主要人物たちの考えや行動をひとつひとつ追い、全体の風景の中でそれに意味を与えていく行為なのです。」
p.9「小説に没頭しているとき、私たちの頭は懸命に働きますが、・・・(中略)・・・風景、木々、主要人物たち、彼らの考え、彼らが触れる物のあいだを、私たちは絶えず揺れ動きます。物からそれが喚起する記憶へ、他の主要人物へ、それから一般的な考えへと移っていきます。私たちの頭と五感はものすごい集中力と速さで稼働し、多数の作業を同時にやってのけますが、たいていは自分が作業していることにもはや気づきません。車を運転している人(ドライバー)とまさに同じ状態です。」
p.10「ドライバーのたとえは読者だけでなく小説家にも当てはまります。一部の小説家は自分が用いているテクニックに無自覚です。彼らは本能的に書きます。自分の頭のなかで行っている操作や計算を自覚せず、小説芸術が与えてくれるギアやブレーキやレバーを使っていることを忘れて、まったく自然な行為をしているかのように書くのです。この種の感性、この種の小説家と読者  つまり、小説を書くことや読むことの人為的な側面にまったく注意を払わない人びと  を言い表すのに「直感的(ナイーブ)」という言葉を使うことにしましょう。そしてその反対の感性を言い表すのに「思索的(リフレクティヴ)」という言葉を使うことにしましょう。こちらは、テクストの人為性やテクストがリアリティーを獲得できない事例に惹きつけられ、小説を書くのに使われる手法や読書中の頭の働き方に注目する読み手や書き手のことです。小説家であるということは、同時に直感的でもあり思索的でもあるという技なのです。」

【今日の映画201】※データは『映画.COM』のサイト等から入手
邦題:『私は告白する(U-NEXTで視聴)
製作年:1953年
製作国:アメリカ
原題:I Confess
監督:アルフレッド・ヒッチコック
出演:モンゴメリー・クリフト/アン・バクスター/カール・マルデン/O・E・ハッセ
ストーリー:カナダ・ケベック市の敬虔な神父マイケル・ローガン(モンゴメリー・クリフト)は、ある夜、教会で働くオットー・ケラー(O・E・ハッセ)から強盗殺人を犯したとの告解を聞く。事件を担当するラルー警視(カール・マルデン)は犯行時に犯人が僧衣をまとっていたことを突き止め、マイケルに疑いがかかる。だが、マイケルはケラーの告白を他言することができない。その上、犯行のあった夜にマイケルが国会議員の妻ルース(アン・バクスター)と逢っていたことがわかり、容疑が深まってしまう。ルースはマイケルの無実を証明するために良人、検事、警視、マイケルらの前で、マイケルが聖職を志す以前の過去の恋を打ちあけるが・・・
コメント:評価は5点満点で、映画.COMは3.7、TSUTAYAは3.38、Filmarksは3.6で、私の評価は3.5とした。
 いつものヒッチコック作品とは、少し雰囲気が異なり、単なるサスペンスに留まらずに、「告解」という宗教的な重大なテーマも同時に描かれている。
 ヒッチコックおじさんのチョット出の場面だが、前作の『舞台恐怖症』では、ひとりごとを言いながら歩いてくるジェーン・ワイマンとすれちがってふりかえっているおじさんとして顔を出している。
 さて、それでは本作『私は告白する』では、どこに・・・

【今日のジャズ201】※データは『ジャズ資料館』のサイト等から入手
タイトル:Jazz At Massey Hall
アーティスト:The Quintet
レーベル:Debut/ビクターエンターテインメント/Fantasy/ビクター音楽産業
録音年月日:1953.5.15
曲名:@Perdido/ASalt Peanuts/BAll The Things You Are 〜 52nd Street Theme/CWee/DHot House/EA Night In Tunisia
ミュージシャン:Dizzy Gillespie (tp)/Charlie Parker (as)/Bud Powell (p)/Charles Mingus (b)/Max Roach (ds)
コメント:チャーリー・パーカーを中心にディジー・ガレスピー、バド・パウエル、チャールス・ミンガス、そしてマックス・ローチと、ビバップを推進したスター・アーティストが結集した夢のポールスターズによるライブ盤。ビバップの全盛時代は過ぎていたものの、極上の内容はこのスタイルが永遠に魅力的であることを伝えている。とりわけパーカーのプレイは大胆不敵で、天衣無縫。彼なくしてはビバップの発展はある得なかった。そのことも併せて証明している作品。(『ジャズマンはこう聴いた!珠玉のJAZZ名盤100』から抜粋)
 Amazon Music Unlimitedでこのアルバムは配信されていたが、『ジャズ資料館』では、タイトルを 「Jazz At Massey Hall」、アーティストを「Charlie Parker」で検索してもなかなかヒットしなかった。それで「Jazz At Massey Hall」だけで検索したら、アーティストが「The Quintet」とあったが、それを開いたら本アルバムだった。そりゃ、この5人のビッグネームのアーティストなら、誰か特定の個人のアルバムというわけにもいかんわな、と納得。
posted by ポピー at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 逃病日記

2021年12月30日

逃病日記310(21.12.29.水)

(21.12.27.月)曇りのち雪
 今日は、久しぶりに、クルマのヤネが白くなるような雪降りだった。
 明日は、朝イチで人間ドックを受けるために、クルマで烏丸鞍馬口のK医療センターに行かなければならない。私のクルマはノーマルタイヤなので、もし雪が積もっていたら、しゃあないな、タクシーで行かなあかん。そういうことで、少し早めに起きて降雪の状況を見て対応しなければ。胃の検査は、通常はX線撮影だが、オプションで胃カメラを選択できる。しかし、今回は予約したのが遅かったので、押し詰まった12月28日なんていう御用納の日しか空いていなかったという次第。

(21.12.28.火)晴れ時々雪
 今日は、昨日の記事に書いたとおり、K医療センターに人間ドックを受けに行ってきた。4年前にがんを発病してからは、定期的に治療や経過観察のために、コンスタントにCT撮影、胸部X線撮影や血液検査等を受けていたので、まあ、人間ドックそのものも受ける必要はなかった。
 前回のK大病院での診察の際に、主治医から、主病のがんの治療(免疫療法)は終了して、今後は経過観察といいうことになるが、他のがんができることもあるので、念のため、人間ドックは受けておくようにと言われていた。
 そもそもは、喉の奥の異和感について、近所の耳鼻科医院でアレルギー性の疾患と、いい加減な診断をされたが、腑に落ちなかったため、当時、人間ドックを受けていたK医療センターの耳鼻咽喉科を受診した。そうしたら同センターの呼吸器内科に回され、そこで受けたCT撮影でがんが見つかり、「前縦隔腫瘍」と診断された。腫瘍で気管が折り曲げられて、ひしゃげているような状態で、いつ窒息してもおかしくないと告げられ、K大病院に紹介された。このような経緯があるため、私にとっては、「命を救ってくれた大恩人」ということで、全幅の信頼を寄せている病院だ。
 オプションでがん関係の検査をいくつか申し込んでいて、その中の肺CT撮影のために朝8時20分までに同センターに行く必要がある。今朝は、もし降雪だったらタクシーで行こうと思っていたが、どうもなかったのでマイカーで出かけた。
 ちょうど8時頃にK医療センターに着いて、同医療センターの地下駐車場に入ったが、どうも私が一番ノリのようだ。同医療センター別棟の健康センターの受付で手続きをして、順次検査が始まったが、オプションの胃カメラと肺CT撮影は医療センターの本院の方でするので、地下通路を行ったり来たりする必要がある。
 肺CT撮影は、いつもK大病院で受けている造影剤CT撮影に比べたら、あっという間に終わった感じで、造影剤を注入しないのでしんどいこともない。
 胃カメラは、最近、放射線治療の後遺症で嚥下時に異和感があるので少し不安があり、カメラが喉を通った瞬間は咽せ返ってしまった。食道に異常所見があったので組織を採って生検をすることになった。組織を切り採ったところから出血することがあるので、今日一日はアルコール、運動、入浴は禁止とのことだった。
 「食道がん」の可能性があるということなんだろうか、もう、「がん」はかんにんしてほしいが・・・。

(21.12.29.水)曇り
 なんとなく、年末で慌ただしくなってきた。ヨメさんがキッチン周りやらどこやかやと掃除、片付けをしだしたので余計にそう感じるんだろう。
 今度の正月は、東京在住の息子たち一家も帰省することになった。親子三人にプラスして、昨年のコロナ給付金で買ったというワンちゃんも一緒に連れて帰るという。ペットホテルに預けておくのはかわいそうだということらしい。携帯ゲージに入れてくるそうだが、トイ・プードルではない中型のプードルなので、携帯ゲージも結構大きいんじゃないだろうか、新幹線の中などでも大変だろう。わが家では、数年前までチワワを飼っていたので、ワンちゃんが来るのは大歓迎で、なんか、孫が来るのよりも楽しみにしている感じ。楽しみだワン、なんちゃって・・・

【今日の読書200※書名頭の数字は当方のブログ『読書リスト』の数字
@-19『老の流儀』
B-38『種の起原 上』
B-36『宇宙を織りなすもの 下』
E-19『成城だよりV』
F-65『ティファニーで朝食を』
F-66『スプートニクの恋人』
G-10『失われた時を求めて10』
H-3『パンセT』
I-29『映画術ヒッチコック/トリュフォー』
I-30『ヒッチコックに進路を取れ』
K-13『パムクの文学講義』
コメント:@-19『老の流儀』は、以前に読んだ『老いの超え方』と内容的にもタブっている部分が多く新鮮味はない感じだな。
 F-66『スプートニクの恋人』は、『ねじまき鳥クロニクル』を読み終えて次の長編になる。『ねじまき鳥クロニクル』は、いかにも村上春樹の長編という感じで、いくつかの話が錯綜する。特に「ノモンハン事件」の話が出てくる意味合いがよく分からない。
 K-13『パムクの文学講義』は、第一講「私たちが小説を読むときに頭のなかで起こること」の冒頭から、次のような印象に残る文章で始まっている。「小説はもうひとつの人生である。フランスの詩人、ジェラール・ド・ネルヴァルが夢について述べたことが小説にも当てはまります。それは私たちの人生の色合いや複雑さが明らかにしてくれるもので、見おぼえのある人物や顔や物であふれています。まさに夢を見ているときと同じく、小説を読んでいるときにも、そこで起こることの途方もなさに強い衝撃を受けるあまり、自分がどこにいくのかを忘れ、目にしている架空のできごとや人びとの只中に身を置いているかのような感覚をもつことがあります。そんな折には、私たちが楽しんでいる虚構の世界は、現実の世界よりリアルに感じられます。こうしたもうひとつの人生が現実よりもリアルに感じられるということは、多くの場合、私たちが小説に現実の変わりをさせている、あるいは少なくとも、小説を実人生と混同していることを意味します。しかし私たちはこの幻想、この無邪気な見方に文句をつけることはありません。それどころか、ある種の夢を見ているときと同じく、自分が読んでいる小説が続いてほしいと思い、もうひとつの人生がリアリティーと本物らしさを感じさせ続けて欲しいと願うのです。」

【今日の映画200】※データは『映画.COM』のサイト等から入手
邦題:『舞台恐怖症(U-NEXTで視聴)
製作年:1950年
製作国:イギリス
原題:Stage Fright
監督:アルフレッド・ヒッチコック
出演:マレーネ・ディートリッヒ/ジェーン・ワイマン/リチャード・トッド/マイケル・ワイルディング
ストーリー:演劇学院生のイヴ(ジェーン・ワイマン)は車を運転しながら、友人のジョナサン(リチャード・トッド)の告白を聞く。彼は愛人の女優シャーロット(マレーネ・ディートリッヒ)の殺人の後始末をしようとして女中に目撃されて逃げてきたところだという。当然のように犯人扱いされた彼をイヴは海辺の別宅に住む父に匿うよう頼む。そして、シャーロットの女中を買収し、その従妹ドリスとして女優の身辺を探るイヴだったが、偶然知り合った刑事スミス(マイケル・ワイルディング)が彼女に興味を持ち付きまとうので、せっかくの一人二役もバレそうになるが・・・
コメント:評価は5点満点で、映画.COMは3.5、TSUTAYAは3.25、Filmarksは3.6で、私の評価は3.5とした。
 ハリウッドで成功を収めたヒッチコック監督が、マレーネ・ディートリッヒをキャストに迎え、故郷イギリスで撮りあげたサスペンス映画。あの伝説的名女優マレーネ・ディートリッヒは、まあ、美人というよりは、どちらかといえばコケティッシュという感じだな。 
 例によって、ヒッチコックおじさんのチョット出の場面だが、前作品『ロープ』では、冒頭のクレジット・タイトルが終わった後に街路を横切っている男のようらしいんだが、遠景なのでハッキリとは確認できなかった。
 さてそれでは、この『舞台恐怖症』では・・・

【今日のジャズ200】※データは『ジャズ資料館』のサイト等から入手
タイトル:It Could Happen To You
アーティスト:Chet Baker
レーベル:Riverside/ビクターエンターテインメント/Fantasy
録音年月日:1958.8.
曲名:@You're Driving Me Crazy/AHow Long Has This Been Going On?/BIt Could Happen To You/CThe More I See You/DOld Devil Moon/EI'm Old Fashioned/FDancing On The Ceiling/GEverything Happens To Me/HMy Heart Stood Still/IDo It The Hard Way/JWhile My Lady Sleeps/KYou Make Me Feel So Young
ミュージシャン:Chet Baker (tp,vo)/Kenny Drew (p)/Sam Jones (b)/Danny Richmond (ds)/Philly Joe Jones (ds)/George Morrow (b)
コメント:ロスからニューヨークへ居を移したチェット・ベイカーが「チェット・ベイカー・シングス」(パシフィック・ジャズ)の《ニューヨーク版》を吹き込んだ。ケニー・ドリュー、フィリー・ジョー・ジョーンズなどのニューヨーク派のリズム・セクションをしたがえて歌われるスタンダードの数々。独特の気怠い雰囲気を湛えたトランペット・フレイも魅力的な一枚。(『ジャズマンはこう聴いた!珠玉のJAZZ名盤100』から抜粋)
 同じ『珠玉のJAZZ名盤100』からランディ・ブレッカー(tp)のコメント「チェットのヴォーカルも好きだけれど、わたしは彼のトランペット・プレイに耳が向かう。トランペッターだから当然だ。チェットは音の伸ばしかたがうまい。伸ばしながら強弱をつけることで、独特のリリシズムを生み出している。ヴィブラートをつけずにそういうことをやるひとはあまりいない。あとはマイルスがそうだ。でも、二人のやりかたはかなり違う。チェットは最初から強く吹かずに、途中で鼻から息を吸い込んで音を伸ばしていく。サーキュラー・ブリージングみたいな手法だね。マイルスは、いっきに吹いてそれを伸ばしてみせる。だから、こちらは強弱がつけにくい。テクニックからいけば、チェットのほうが難しい。それを何気なくやっているところが、同じトランペットを吹くものにはかっこよく映る。ヴォーカルも同じような呼吸法で歌っている。この作品でいうなら〈エヴリシング・ハプンズ・トゥ・ミー〉や〈オールド・デヴィル・ムーン〉などでそれが認められる。このアルバムでわたしが好きなのもこれら二曲だ。ヴォーカルもさることながら、チェットのソロが素晴らしい。肩から力が抜けているのにテンションがある。こんなことができるのは彼くらいだ。」
posted by ポピー at 13:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 逃病日記

2021年12月26日

逃病日記309(21.12.26.日)

(21.12.25.土)曇り時々雨
 今日は、私の「快気祝い」ということで友人O氏が席を設けてくれた。場所は、知る人ぞ知る居酒屋「是酔庵」、京福電車の修学院駅近く、川端北山通りの南東側にある。カウンター席10席、4人用テーブル席1卓で、店主夫婦でやられているこぢんまりしたお店。メンバーは、O氏夫妻と私たち夫婦4人で、その店の奥の唯一のテーブル席を予約しておいてくれた。
 この店は、数年前にO氏に連れて行ってもらってから、気に入って私たち夫婦でよく行くようになっていたが、4年前の私の発病以来ご無沙汰していた。その後、コロナ禍でこの店も営業自粛していたそうで、最近、再開したとのことだった。客層はご近所の人らしいお馴染み客が多いが、ウェブサイトで知って訪れる観客も結構いるみたい。ガサツな感じの客はあまり出くわしたことはなく、フレンドリーな感じで、夫婦連れや学者、先生という感じの客も多いようだ。
 メニューは、魚介類が中心で、やや素人料理風だが、ご主人が刺身などの魚類、奥さんが煮炊き物や焼き物と調理を分担されている。
 イチオシは、刺身類で、のどぐろ、ぐぢ(甘鯛)、金目鯛、マナガツオなど、普段食することのない魚の刺身も多く、それぞれの魚種ごとに片身10切れほどが捌かれて出てくるが(盛り合わせなどはない)、もちろん味は絶品で値段も1品千円程度とお手頃。
 次のおすすめは、金目鯛、鯖、など各種の生魚を巻いた巻き寿司と柚子寿司、これがまた絶品で、量的には二人で1品ぐらいで十分のボリュームなんだが、美味しいので、あれも食べたいこれも食べたいという感じでになって、私たち夫婦でいつもこの寿司を2品は注文してしまう。
 この他、釜飯、茶碗蒸し、焼き魚、おばんざいなどもおすすめだが、いずれも量が多いので二人で1人前注文すれば十分。
 アルコールは、私はもっぱら黒生ビールしか飲まないが、日本酒や焼酎も種類が豊富で、レアな銘酒も多そうで、それ目当ての客も多そうな感じ。

 ということで、夫婦2組4人で夕方6時に行って9時半ぐらいまで、飲食とシャベリを堪能した。
 このO氏はグルメ通で、これまでもガイドブックに載っていない、いろんな美味しい店に何回となく連れて行ってもらている。そして、その時に気に入った店には、その後ヨメさんと二人で出かけ、常連になった店がいくつかある。今日行った是酔庵もそいうお店のうちの一つだった。
 病気のためにしばらくご無沙汰だったが、また、この店の料理の美味しさを再認識したので、今後、ヨメさんと月一ぐらいで行くことにしようということになった。

(21.12.26.日)晴れ時々雪
 今日は、時々、雪がちらつく寒い、寒い一日だった。
 テレビで高校駅伝中継を観ていたが、スタート直後から雪が時々ちらついて、ランナーも走りにくそう。
 男子は、京都市内を一周するようにコース設定になっているが、この後、年明けには、同じコースで都道府県女子駅伝も開催される。両駅伝とも洛中を一周するので、京都市民にとっては京都の冬の風物詩の一つになっている。
 ひと頃は、ヨメさんと二人で百万遍近辺や白川通りへ応援に行ったりしていたが、4年前の発病以来もうそんなこともしなくなった。
 テレビ観戦していたら、ランナーが中継地点に着いたのに、スタンバイしているランナーがいないためにアタフタしている光景が見られた。最近は、しばらく見ない光景だったが、係員のオッチャン、しっかり誘導したってや!

【今日の読書199※書名頭の数字は当方のブログ『読書リスト』の数字
G-10『失われた時を求めて10』
H-3『パンセT』
K-13『パムクの文学講義』
コメント:K-13『パムクの文学講義』は、170頁程度の本で、値段が2200円と少し高めの感じがするが、中身は非常に濃い。
 トルコのノーベル賞作家のオルハン・パムクがハーバード大学で行った講義を翻訳したもので、濃密で引き締まった内容だが、講義のための文章なので非常に分かりやすい。我々が日頃からなんとなく思っているようなことを、適切に文章化してもらった、なんか、そんな表現がピッタリする。印象に残ったり、「なるほど」と思った文章に黄マーカーを引いていたら、そんな箇所が多いために本が真黄色になってしまった。
 本書に関しては、先週の日曜日の私のブログの【今日の読書198】に、読み始めてすぐだったにもかかわらず、印象に残った文章を抜粋して引用したが、今回、第一講から読み返してたら、前回の引用文の数倍もマーカーしてしまった。
 小説作法のようなことも書かれているが、一見すると手法上のテクニックと思えるような事柄についても、小説の本質的なこととの必然的な繋がりが明記されているので、「なるほど」と本質的な理解に至ることが多い。
 本書は、朝日新聞の『読書』欄の書評で、現役の小説家の中では感性的側面の信頼度が抜群の金原ひとみさんが絶賛していたもので、この書評がなければこの書を読むこともなかっただろう。非常に印象深い書評だった。前にも挙げたが再掲しておく。
 書評の終盤で、パムクの「近代人は世界のなかでくつろげるようになるために小説を読み、小説を必要とする」という言葉を金原さんが引用して「パムクが言うように、私たちは小説を通してあらゆるバリエーションの人々や社会の矛盾を同時進行的に体験し世界の真理に近づくことによって手足を伸ばせるようになるのだ」と評している。
 そして最後に「本書を読む間すべてを明るく照らし視界を広げてくれた巨大な太陽に飲み込まれ、その裏側の世界に到達したような読後感に打ち震えたあと、ずっと喉がつかえているような感覚が消えなかった。これから先、小説を読むことはこれまでより深く、いっそうクリアかつ濃厚な体験になるだろうという確信、そして小説に引き寄せられ、小説への思索と探究を止められない人々への愛おしさで、全身が苦しいほど満たされていたのだ」と、感動的な言葉でこの書評を締め括っている。
 また、機会を見つけて印象に残った文章を抜粋してアップしてみたい。

【今日の映画199】※データは『映画.COM』のサイト等から入手
邦題:『ロープ(U-NEXTで視聴)
製作年:1948年
製作国:アメリカ
原題:Rope
監督:アルフレッド・ヒッチコック
出演:ジェームズ・スチュワート/ファーリー・グレンジャー/ジョン・ドール/セドリック・ハードウィック
ストーリー:ニューヨークのとあるアパートの一室。大学を出たばかりの青年フィリップ(ファーリー・グレンジャー)とブランドン(ジョン・ドール)が同級生を絞殺し、その死体を衣装箱に入れる。殺害の動機は、自分たちが他者より優れていることを証明するためだけだった。2人はさらなるスリルを求め、被害者の父や恋人、恋仇、伯母、そして恩師である大学教授(ジェームズ・スチュワート)を部屋に招いて晩餐会を開く。犯した罪の恐ろしさに次第に冷静さを失っていくフィリップと、大胆にも死体を見せたい衝動に駆られるブランドンだったが・・・
コメント:評価は5点満点で、映画.COMは3.5、TSUTAYAは3.25、Filmarksは3.6で、私の評価は3.0とした。
 アルフレッド・ヒッチコック監督が、アメリカで実際に起きた事件をもとにした舞台劇を映画化した作品。物語の全編をワンシーンで繋げ、映画内の時間と現実の時間が同時進行するという実験的な手法で描いたとのことだが、まあ、二つの手法自体は特に面白いとも思えないんだが、そんなにすごいことなんかなぁ。
 さて、例によって、ヒッチコックおじさんのチョット出の場面だが、前作『パラダイン夫人の恋』ではパラダイン夫人の屋敷の地元の列車の駅から出てくるグレゴリー・ペックのあとからチェロを抱えて出てくる。
 さて、それでは本作『ロープ』では・・・

【今日のジャズ199】※データは『ジャズ資料館』のサイト等から入手
タイトル:Newk's Time
アーティスト:Sonny Rollins
レーベル:Blue Note/東芝EMI/EMIミュージック
録音年月日:1958.9.28
曲名:@Tune Up/AAsiatic Raes/BWonderful Wonderful/CThe Surrey With The Fringe On Top/DBlues For Philly Joe/ENamely You
ミュージシャン:Sonny Rollins (ts)/Wynton Kelly (p)/Doug Watkins (b)/Philly Joe Jones (ds)
コメント:『サキソフォン・コロッサス』(プレスティッジ)でソニー・ロリンズは名声を確立する。その後も彼は怒涛の勢いで次々と名盤を発表していくが、中でも2年後にブルー・ノートで残したこの作品は、サキソフォン・コロッサス』同じ楽器編制ながら大きな変化を示す内容となった。そこに、この時期のロリンズがいかに音楽を発展させていたかが認められる。(『ジャズマンはこう聴いた!珠玉のJAZZ名盤100』から抜粋)

 YouTubeに以下のソニー・ロリンズのコンサート・ライブの映像がアップされていたのでリンクを貼っておく。
posted by ポピー at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 逃病日記